ほんを読んだり、映画を観たり、勝手に言ちゃいます




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New!!
「母の遺産新聞小説」水村美苗著
2012.5.16



胸が痛い
小説を読み終えて
胸が痛いと思ったのは
いつ以来か
高校生のときに
島崎藤村の夜明け前を読んだとき以来か
(古!)



感激か失望か
読後感は
その繰り返しの読書少女
(自分で言うなよハハハ)の私としては
胸が痛い読後感を味わうのは
久しぶりであることは確かなようだ



貧富の差こそあれ
人生の半ばにきた女性の誰もが体験し経験し感じるであろう思いが
この小説には見事に書かれてある



どう生きればいいか?ではない
どう自分は生きてきたかを問われているようだ



「人生において、年をとることと不幸を知ることとは一致せねばならないのだろうか。そう思う心と、それに反抗する心がせめぎあうだけ」



確かに
確かに



「30代はふつうの主婦になった友人のほうが老けて見え、50代になると、仕事をもった女のほうが体力と忙しさの戦いのなかで老けていっていた」



笑える
でも
笑えない
笑えない



「人は理由もなく生きている。人は、理由もなく死ぬこともある」



まことにセツナイ



愛することを
ある日
どこかに置いてきた夫婦
その生活
親の介護親の死
親の遺産



女が
少女からお嬢さんになり大人になり
老女となる過程に
起こり得るそのどれもが
私の胸に染みていく



美津紀が
夫にあてて
最後に送ったメールには
泣かされた





2012  5  16











「震える牛」相場英雄著
2012.5.4



ずっしり
どっしり
みっしり



お腹いっぱいになるほど
中身の濃い内容に
私の胸も震えました
このような小説があるのですね
これはフィクションにせよ多くの人に
願わくば
多くのお母さんに読んでもらいたいです



犯人探しに留まらず
ラストがなかなかいい
よくある手法かもしれないけど
私の好きなオチになっていて
(いい人だと思っていた人が実は一番悪役だった、みたいな)
そして
それで終わらないで
またもうひとつの清々しいラストが用意されているところも
読者としては
一応気持ちよく本を閉じることが出来る



内容はね
気持ちいいもんじゃないけど
着地点がみえたから
胸のつかえも
とれたんだけど



って
読んでない方が
この文章読んでも
なんのこっちゃい?
ですよね(笑)
でも読んだら分かるんで
今回は
敢えて内容には触れませ〜ん!



まさに
勝手勝手コーナーで
すみませ〜ん(笑)



五ツ星小説に
出会えたときに飲むシャンパンは
格別だわ!





2012 5 4










「船を編む」三浦しをん著
2012.4.30



いい本を読ませていただいたわ
とってもいい本
お話は
簡単に言うと
(簡単に言っちゃいけないけど)
国語辞典を編集する編集者たちが織り成す日常と恋と人生(いやいや、こ〜んな簡単じゃないけど)



なんていうのかなあ
すごい本よ
この本は私にはうまく言えない
なんだか感想を口にするのも憚られる感じよ




私は
国語辞典大好き人間だから余計にそう思うのかなあ
しかも私
今だに中学一年生のときに買った国語辞典を片手に
原稿を書いたりするんだもの
どこまでアナログかしらと自己嫌悪に陥ることもあったけど
なんだか気持ちも晴れ晴れしたわ
もちろん
ときどきは横着して
携帯電話やiPadで意味を調べたりするときもあるけれど
やはり辞典に勝るものはないと信じて今も楽しくパラパラとページをメクってる




辞典は
ページを開くだけで
言葉の海原が押し寄せ私を至福へと導くし
半端ない想像力をも押し寄せてくるのよ
ひとつの言葉を辞典でひいても
それに留まらないで
その前後に書いてある言葉に酔しれ
詩を書き
言葉を紡いで紙と鉛筆で一人遊びをしている
わたし
子供の頃も今も変わらず





私が持っている国語辞典は中学一年生入学のときの古いボロボロの辞典で
新しく買っても
なんか気に入らず
宝塚に行っても嫁に行ってもこの国語辞典だけは
連れてきた
表紙を開くと
昭和48年とキッタナイ字で書いてある
(私が書いたんだけどね)




私の辞典は
国語辞典改訂増補版(かろうじて読めた)
というもので
今まで意味を知るときにしかページをめくらなかったんだけれど
初めて"序"とか"あとがき"とか読んで
小説の読後感に拍車をかけるからたまらない




私の持つ辞書の"序"に
監修の一人が
「現代語を主とするものであるが、これまでの辞典にない企画と特色を有しているので、私も監修者の一人に加わったのである」

この国語辞典を監修した経緯が書かれてあり


なんだか
楽しくなってくる
小説のような物語が繰り広げられられたのかなあと
想像できるからだ




いまや
私の持つ国語辞典は
死語が多く存在し
あまり役にはたたないかもしれないけど
この小説を読んだら
なお一層
この辞典がかけがえのない私の友達となったのは間違いない



国語辞典って
人は一生に1、2冊しか巡りあわないでしょ
国語辞典の作成に
10数年かかっても当たり前な気がするな
私はかれこれ40年あまり自分の国語辞典に付き合ってるわけだからね
それだけ作成に編集者の精根と愛情が詰まって当たり前だよね
なんか嬉しくなって自分の辞典がいとおしくなったわ



国語辞典を語らせたら
まじめさんと同じくらい右にでる人
いないかもよ





2012  4  30










私の趣味は読書です。
少し前までは、趣味が読書です、と言うことに抵抗がありました。
だって、本を読むことは誰もがやっていることでしょうし、
あえて、趣味です、と声にして言うほどのことでもないような
気がしていたからです。
でも仕事以外で、時間を忘れて没頭できる楽しみといえば、
読書以外には思いあたりません。

そんな環境のなか、私が初めて本を読んだのは、
小学校一年のときです。
学校の図書館でみつけた『母をたずねて』という小説でした。
働きに出たまま消息を絶ってしまった母親を捜すために、
マルコ少年は旅に出ます。
イタリアという遠い国で生まれたマルコは、
アルゼンチンのおじさんのところへ行くのです。
でも、もうそこに母親はいません。
それでも小さな手がかりを胸に、
母親を捜し求めるマルコ少年です。
幼い私は、どんな辛いことにあっても負けない強いマルコ、
一度何かを始めたら最後までつらぬき通す立派なマルコ、
そして母親思いの優しいマルコに、
何度も何度も涙をこぼしました。
『母をたずねて』という本に出会ってからというもの、
私は読書の楽しみを知ってしまいました。
本を読む、という行為は、見て知るテレビよりも
ずっと想像を逞しくさせてくれます。七歳のその日まで、
本の楽しみ方を知らずに過ごしてきたことも
功の奏したのかもしれません。
それ以来、私は学校の図書館の本を、
端から端まで読みました………。(母の言い訳より抜粋)



このコーナーがなんでカッテカッテかと言いますと…



私は、
海外に行くとき、たくさんの小説を持って行きます。
飛行機の中で、
そして、自分のベッドじゃない違う匂いのするホテルのベッドで、
ほろ酔い加減にも似た時差に支配された体で、
ページをめくる感触がたまらなく好きです。

例えば、
ボストンで読んだ"ソフィーの世界"は、
ソフィーの世界を思い出すとボストンの街が、
ダブルーツリーホテルの灰色のベッドがともによみがえります。
旅と読書は、
私にとって切り離せないものとなっているようです。

勿論、
東京でも読みます。
車中で、
我が家のベッドで、
読みます。
読み終わると、、友人に読んだ感想なんかをメールするときもあります。
読後感を自分一人の心の中に閉じ込めておけないからなのでしょうか、ネ!

いつまで続くか分からない新コーナー。…(フフフ)
勝手に感想言っちゃいます、ということで、
私の勝手な勝手な感想文コーナー、
これまで読んだ本も
たくさんあるけれど、
2008.1.15から。
名付けて、
「カッテ、カッテ」
始めます。





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